33
どれくらい気を失っていたのだろう?
ケンジは朦朧として立ち上がった。
とにかく、考えるよりも行動しなければ。
ろくに考えられる状態ではないのだから…。
で、何をすればいいんだ。
クソ、停電で暗いな。ケンジは壁を伝い歩いた。
気がつくと、彼は廊下の突き当たりに立っていた。
続けざまに銃声が聞こえた。ケンジは我に返った。
銃声は二階から聞こえた。
所長はどうなったんだ。
頭がズキズキ痛む。
世の中はどうなっちまったんだ。
銃声を聞いてから、既に五分経っていた。
すっ転びそうになりながら、階段を登った。
ケンジは階段の踊り場に、仰向けに横たわっている死体を見つけた。
「オットー所長!」
青年は叫んだ。
血が水溜まりのように死体を取り囲んでいた。
呼吸をしていない。即死だ。
目を開いていたが、大きく見開いた目は、強引に生をもぎ取られた驚きを表していた。
吐き気をもよおした。
ケンジは嗚咽を漏らしたが、泣かなかった。
あることに気づいたからだ。
この人間には見覚えがあるが、フレデリック・オットーではない。
青年は完全に混乱していた。
アルコールの匂いが鼻を突いた。
踊り場の隅に金属製のウイスキー瓶が転がっている。
中の液体は血液と混じり合って、階段を伝って下へ流れていた。
何か、悪夢を見ているのだろうか。
ケンジはふらつきながらも、二階へ向かう階段を上り始めた。
足元がふらつき、何度か転びそうになりながらも、必死に進んだ。
二階にたどり着くと、廊下の奥から声が聞こえてきた。
リプリーの声だ。
「ケンジ、こっちだ!」
ケンジは声のする方へ駆け寄った。
廊下の突き当たりの部屋のドアが開いており、中にはリプリーとオットーがいた。
オットーはリプリーに肩を借りていた。
「所長、大丈夫ですか?」
ケンジは息を切らしながら尋ねた。
「私は生きているよ、研究助手」とオットーは微笑んだ。
リプリーはケンジに向かって言った。「銃殺死体に出くわした純朴な青年がどういう反応を示すか、大変参考になったよ。ボケーッとしていないで、ブレーカーを探したらどうだ」
ケンジは泣き腫らした目で、彼に訊いた。
「僕はあの男を知っているけど、それはなぜなんだ。なぜあの男がここで倒れているんだい。この男は誰なんだ、刑事さん」
「落ち着け。お前さんは動揺しているんだ、ケンジ」
リプリーがあの男を射殺したのか?
「しっかりしろ」
オットーはケンジに言い聞かせた。
リプリーも言っていたはずだ。
フレデリック・オットーはパルチノン薬害の調査に携わった数少ない人物だということを。
パルチノンの仕業なのは、少し考えればわかることだった。
もはや守るべき家族も地位もないオットーにおどしは効かない。
さんざんパルチノンから嫌がらせを受けていたのだろう。
チェインバーグの森で、異常に成長したハエの群れが発見され、オットーが身を乗り出せば、パルチノンが博士を抹殺してしまうのは自明の理だった。
「いよいよ、来るべき時が来たようだね、リプリー」
リプリーは頷いた。「ああ、署長に告発状を渡した。こいつはアーノルド・トレーシーっていうんだ。殺人歴がある。チェインバーグのパルチノンで働いているんだが…」
「知っているのか、リプリー」
オットーは尋ねた。
「知っているも何も、俺はこいつを聴取したことがあるんだ」
リプリーは言った。
「あんたの弟さんの殺人容疑で」
つづく
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